声とリズムと演奏と……、魅力に溢れた横浜の夜
text by 伊藤 なつみ / photo by 三田村 亮

ふわりとしたピアノの音から始まった、横浜にある大さん橋ホールでの《あのね、ほんとうは》コンサート。ステージに向かって左端から中納良恵が弾き語りをするピアノ、そしてドラム、ベース、右サイド奥にホーン隊、ピアノと向かい合うようにしてYOSSYの鍵盤が並ぶ。オープニングの「幸福の会話」では、お馴染みの武嶋聡が吹くフルートを中心に、ホルンやトロンボーン、トランペットの音色が優美な雰囲気を醸し出し、YOSSYとのハーモニーも温かく、波間に揺られるかのような心地良いペースで奏でられていく。

「ありがとうございます。こんばんは」の第一声に続き、「1,2,3,1,2,3」の掛け声からウッドベースが印象的な3拍子の曲「あくび」へ。間奏からトロンボーンのソロがアクセントとなり、よっちゃんの高音域の歌声も響き渡り、演奏の熱量が増すにつれてサーカスを想起させるような賑やかさを増していく。続いては「ソレイユ」。大桟橋ならではのウッドデッキのスペシャルな会場に、ピアノの軽快な音が舞う。ソロ・デビューアルバム『ソレイユ』から3曲続き、会場から大喝采が沸き起こった。

3曲終わったところで、よっちゃんが挨拶。「こんばんは。お元気ですか?(一瞬沈黙)なんやこの温度差は(会場笑)」。慣れない会場での距離感を縮めるべく、『ソレイユ』を出してから7年経ち、それから書き溜めた曲があるので、今日は新曲をぽんぽんとやっていきたい……とトーク。「恋しちゃったわ、私、みたいな感じで今日は帰っていただきたいなぁと思っています。横浜ですから」などと、客席の雰囲気を柔らかくしながら「Talk to you」へ。ここでは赤いライトがジャジィーなムードを押し上げ、ピアノとウッドベースが3拍子に踊り、ホーン隊が深みのある響きを靡かせながら曲がスウィングしていく。初めて披露された曲ながら、サビの部分を一緒に口ずさむ人がいたほど親しんでいた。

続いて22日にiTunes限定で配信されたばかりの「濡れない雨」。ピアノの弾き語りを軸に、オルガンとホーン隊が歌にしっとり寄り添う。一転して「大きな木の下」ではピアノとパーカッションの陽気なサウンドに加え、トランペット、トロンボーン、とホーン隊が順に立ち上がって演奏し、掛け声が飛び交ったかと思うとYOSSYも打楽器を演奏し、盛り上げていく。

会場の空気が暖まったところで、ここから雰囲気がガラリと変わる。『ソレイユ』からの「no place to hide」では、ドラムを叩いていた菅沼雄太がピアノ、YOSSYがオルガンに向かい、よっちゃんは2人を背に中央のマイクに立つ。ディレイが掛かるほどに鍵盤のアンサンブルがエレクトロニカな響きにも聞こえ、レイヤーを増す清らかな歌声が無限に響き渡っていった。「I’m a piano」ではドラムの菅沼とステージに残り、2本のスポットライトに照らし出されながら演奏。さらに背後のカーテンが開いて船が走る港の夜景が全面に広がり、異国情緒をも堪能できた。

中盤を迎え、よっちゃん1人に。今日のコンサートのために気に入った音色を探しに埼玉のピアノ倉庫まで行った話、そしてこのオールウッドのピアノが30年前の楽器であること、また母親がピアノの先生であることなどを語り、気持ちを整えるかのようにピアノを緩やかに奏でてから、EGO-WRAPPIN’アルバム『スティール・ア・パーソンズ・ハート』のオープングを飾った曲「水中の光」へ。曲が進むにつれて思いが籠もり、歌声にも演奏にも力強さが加わり、バックライトが明日へ届くかのように客席へと伸びていったのも印象的だった。

ここから、さらなる引き出しを披露していく。大好きな坂本慎太郎(exゆらゆら帝国)に作詞してもらったという「写真の中のあなた」ではスタッカートに跳ねるピアノが鳴り響き、歌も軽快に。続く「ソラノキオク」ではギターを手に中央に立ち、「森君にギターを借りました」と明かしながら、客席にいる森雅樹と会話。気心の知れた菅沼雄太がスティールギターやアルペジオなどで深みのあるサウンドを奏で、2人のアンサンブルで幻想的な世界へと誘引する。
ピアノに戻り、ジェイムス・テイラーのカヴァー「shower the people」に入る前には、鍵盤担当のYOSSYとYOSSY LITTLE NOISE WEAVERの1stアルバムに参加した時の話などを交え、ベースの伊賀航やドラムの菅沼とも雑談。曲はというと見事なコーラスワークほか、ベースとエレピのユニゾンなど聴かせどころも随所に溢れ、エヴァーグリーン感たっぷりの和やかな展開になった。

終盤の新曲「四角の友達」あたりから新たな試みが増え、特に観客の手拍子とフロアタムに合わせて高らかに歌い出した「煙にまいて」では、歌をルーパーで重ねたり、途中リムショットと重ねた歌声だけで聴かせるなど、彼女の身体全体が音楽に染まっていく醍醐味を堪能。この勢いのまま全員で「声とリズム」に突入し、冒頭は1人でルーパーを使ってバックコーラスとメインヴォーカルを構築しながら、そこにパーカッシヴなサウンドやホーン隊が徐々に加わり、音楽の輪を拡大。配信されたばかりの「SCUBA」では、よっちゃんがシンセサイザーを弾くためにステージ前方に立って煽り、観客も総立ちに。このエレクトロポップ色の強いダンスミュージックではホーン隊の東條あずさ(Tb)や庄司知世(Horn)もコーラスやパーカッションを担当するなどして、この日一番の盛り上がりを見せた。

本編最後は、同じく22日に発表された「あのね、ほんとうは」。よっちゃんがオルガンを弾きつつ歌い、ヴォイスパーカッションを含みながらバックトラックを構築、そこにicchieのトランペットが差し色のように音色を繊細に加えていく。バラエティに富んだライヴを締めるのにふさわしい味わい深い楽曲になった。そしてアンコールではアメリカの50年代を想起させるようなカラフルなファッションで全員が客席から登場し、当時の名曲「Why do fools fall in love?」を。ラストはよっちゃんの弾き語りで「夢」で幕を閉じた。

EGO-WRAPPIN’との違いを出すためにギターレスの編成になっているせいか、コンサート全体を通して曲の輪郭がまろやかに包まれている印象を受けた。そしてその分、中納良恵というシンガーの声の表情を多彩に楽しむことができ、さらに彼女自身もルーパーや電子楽器を導入してさらなる可能性を追究し、貪欲に自分の音楽を楽しんでいる姿も魅力的に映った。アルバム完成後のツアーが、とてもとても楽しみになった横浜の一夜だった。

Vo, Pf, Org, Key 中納良恵 / Ds 菅沼雄太 / Ba 伊賀航 / Key YOSSY
T.Sax, Cl, Fl 武嶋聡 / Tb,Tp icchie / Tb 東條あづさ / Horn 庄司知世